各国々に大・小の神社が在り氏子達が先祖から受け継いで祭祀して居るものである。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)
(注)「読み方」では、「下津磐根に」を「地下にある岩に」。「宮柱大敷立」を「神殿の柱を造営して」。「千木高知て」を「千木を付けて高大に造り構えて」。「皇御孫命の」を「天照大神のご子孫の天皇の」。「美頭の御舎仕奉りて」を「若々しく生き生きとした御殿をご造営もうしあげて」。そして現代語訳として「地下にある岩に神殿の柱を造営して、高天原に向けて[屋上の両端に] 千本を付けて高大に造り構えて、天照大神のご子孫の天皇の、若々しく生き生きとした御殿をご造営もうしあげて」と説明する。ここで皇御孫命を「天照大神のご子孫の天皇」と考えるために、御舎もまた現実の「御殿」と解釈してしまう。
(注)「善言美詞」では、「下津磐根」を「地質が一大磐石の地、即ち神明の降臨ある霊域を指す」。「宮柱大敷立」を「宮居の柱を立派に建てること」。「千木高知て」を「屋根の千木を虚空(高天原)に高く敷きの義。千木は垂木なり、タリを約めてチという」。「美頭」を「麗しき、瑞々しきの意」。「仕奉り」を「ご造営の義」とする。