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大和心

第515回 大祓祝詞を考える―31

著者:小山一夫 / 公開日:2024-09-01

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。

「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。

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『○天の御蔭 。日の御蔭と隠坐して。

天は、宇宙 (幽天・第一高天原・太極)

日は、太陽 (顕天・第二高天原・中極)

御蔭と隠坐して。とは神々の御活動は人間の日には見えないので御蔭と申したもので、蔭は覆うの意もあり、後に隠坐してが付いて神気が隠(コモ)り満々て表に現われない状態を示しているものである。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)

(注)「読み方」では、「天上界の御殿、またご子孫の天皇の御殿として[そこに] お籠りになって、安穏な国として平穏にご統治なさる、そのような国のなか全域に、次々と増加していく。」

(注)「善言美詞」では、「天津神の御蔭、日の御蔭と自分の徳を隠したもう義。神代の神人合一の時代においては、人はことごとく神の容器であった。しかし世界統一を実行するとて、その功績はこれら天地の御恩に帰し奉るのが道の真髄で、忠孝仁義の大道は根源をここから発する。坐ながらにしてそのご威徳は宇内に光被弾―し、世は自然と平らけく安らけく収まるのである」とする。

『○安国と平けく所食さむ。

安国と定め奉りて、であるから、安国とした平穏な和魂を活躍させて治めよう。との意味である。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)

(注)「読み方」では、「安穏な国として平穏にご統治なさる」