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大和心

第519回 本田霊学の継承-41(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-09-03

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

長沢翁は本田翁を評して曰く。「親しくその行う処を見るに、神霊を人に憑依せしむる事の自在なることのみならず、又克く〔註五〕無形神懸りの自感に熟したる事と、審神者として疑わしき〔註六〕憑霊を訊問するの精密にして厳粛なる事も遺漏なく、邪霊を責罰するに霊縛するの速かなる等、他人の追及する能わざるものなりし。この霊妙なる神懸りの効用は神霊の厳存を実証し、古今哲学の疑を解決し、神典歴史の解釈の誤謬を訂正せし等、其の学術を裨補し世道人心に寄与する処少なからざりしも、神懸りは秘して容易に人に教えず。博聞宏記にして玄妙の理に通ずるに非ざれば其の蘊奥を窺う能わざるとの故を以て、之を知る者稀なり。門人中克く之に熱心し、積年研精せしは伯爵副島種臣なりしも今や則ち亡し〔註七〕。故を以て神懸りを説明せし書冊にして完備せるものは未だ嘗て是を見ず」と。

〔註三〕 この時は妻子を倶い赴いたと思われる。内弟子たりし鈴木広道が出でて下宿し翌春皇典講究所に通う。

〔註四〕 不二見村は安倍郡にあり今の清水市美濃輪の稲荷神社の茶屋の訛伝と思われる。(前述)

〔註五〕 帰神術の一つ、自感法のこと。

〔註六〕 帰神術の一つ、他感法の主役。

〔註七〕 副島種臣の逝去は明治三十八年一月三十一日である。従ってこの評言はその後の年に当る。

この一文は長沢雄楯著「惟神」(後述〉中のものを引用したのであるが、本田親徳の神人たることを証すると共に、衣鉢を嗣ぐ達人の面目を想見せしめるものがあります。』(『本田親徳研究』)