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大和心

第521回 本田霊学の継承-43

著者:小山一夫 / 公開日:2024-09-05

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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本田翁については出口氏も、長沢翁から聞いたという伝説めいた話を書いている。

『わが師に本田親徳と申す国学家がありましたが、その本田という師は浅間神社の宮司であって、久能山なり富士山において、四十余年間神道を学理と実地に研究せられて、始めて皇道の蘊奥に到達せられた人で、八百万神を集めて、空中に声を発して人を驚かし、神の厳存を証明せられた事もある。

またある時、私は師と清見潟の旅亭に宿した時、鎮魂で以て船舶を覆して、逃げて帰りた事がありました。元よりいたずらに人の船舶を覆す考えでは無かったが、私があまりいつも師の神術がきくので、戯れに、『先生よ、彼の船は鎮魂では覆りませんか』と云いましたら、師も『さあ、やってみよう』と何気なく一心に手を組んで居られたが、その鎮魂がよくきいてそんな事になってしまったので、師も私も意外であったのでした。

また私は、師と大和の高野山に登ったが、師は例の神術で宇宙の霊を招いて、空中に大声を発せしめて、山僧を驚愕せしめられた事がありました。空中より発した大声は、『当山には破戒の俗僧ばかりで、霊山を汚して居るから、当山は三日のうちに焼き払ってやるから、しかるべく心得ろ』と大喝せしめられた。さあそうすると山内は大騒動である。にわかに数百の丸頭が、周章狼狽して罪穢解除の祈祷を一心不乱になって執行して居ましたが、『実に俗僧輩の巣窟となって居るかと思えば、空海も気の毒な者だ』と話しつつ還って来た事もありましたが、なかなか幽斎は熟練して居られましたが、神界の御召に由りまして、十年前に逝去されました。斯道のために、実に惜しい事でありました。』(「出口王仁三郎著作集・第1巻」明治三十七年二月四日筆)

これについては佐藤先生も否定的だったので真実ではないだろう。恐らくは出口氏の創作だと思う。大正9年(1920)に自費出版された友清歓真氏の「鎮魂帰神の極意」や、翌年書かれた「霊学笙蹄」にも本田翁の伝説話が鎮魂の奇妙な話とともに掲載されている。