以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。
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『○天つ罪国つ罪許々太久の罪出でむ。
天つ罪とは、国つ罪に対する称。元、高天原に於いて天つ神の犯した罪を天つ罪と云い、天孫降臨後此の国土で人民の犯したものを国つ罪と云う。天つ罪の代表的なものとして、祝詞には素戔嗚命が高天原に於いて犯し給うた罪として、畔放。溝埋・樋蒔・串刺・生剥・逆剥・屎戸と八つが挙げられて居る。
国つ罪とは、皇孫邇々芸命が此の国土に天降りまして大祓いを修し給うた時に既に、諸人が犯していた罪を云い、生膚断・死膚断・白人胡久美・己母犯罪・母と子犯罪・子と母犯罪・畜犯罪・昆虫の災・高津神の災・高津鳥の災・畜仆(けものたお)し・虫物為罪が挙げられている。
本田翁は、古事記神理解で、一霊四魂の活きに因って悪罪に変ずるとして次のように述べて居られる。〔神々の生成〕の終りの方に『かれ伊邪那美の神は、火の神を生みたまひしに因りて、遂に神避りたまひき』の条は、設神理である。何となれば火は元々大地球中に有るもの、空気中にも含まれて居るものであって、火に因って地霊に変動があるような謂れはない。地体(ナミ)に一日も火のないことはないし、大気中にも片時も火がないことはない。
而して此の条で 「神避り給う」と云って居るのは、後章黄泉事件を説き出す為の言葉である。
五魂の活き一隅(一魂)に偏すれば其の結果は凶悪に陥って、曲物(曲つ神)の部類と成る事を予め諭し給う黙示なり。何となれば、那岐の命の霊魂が愛の 一魂に偏し給い「愛(ウツク)しき我が汝妹(ナニモ)の命」と申せし一言を見て察すべし。皆共に五魂を切瑳琢磨して一魂に偏する事無きを期すべし。以上のように説いて居られるのは、本田翁の一霊四魂の運用についての教えであり、霊学を学ぶ者の最も意を用いる所である。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)