今日現存せる門人には佐曾利淸氏、長澤雄楯氏、川島烈之介氏、鈴木廣道氏等の諸老がある。又た廣島縣に本庄天德と云ふ婦人の歸神があつて、その婦人は本田翁の審神も受けたとかで、その婦人が少彦名命の帰神で説いた宇宙觀、神典觀と云ふ樣なものも傳はつて居るが、その著書を一見するに少彦名命がつて示されたものとは受取り難い節が多い。或ひは少彦名命の系統の眷屬の憑依であらうと思はれる。これは餘談の如くであるが此種のものが隨分各地に傳へられて居るから其の一例を擧げておいて學道の人達の參考に供する次第である。(或る大神の眷族が憑られる塲合、隨分大神の御名を名乗つて其の代理とも何とも示されない塲合が少ない。此點が審神者たる者の眼の利かせ處である。)』
この野元直彦氏だが、初めて聞く名である。
「翁の秘事殆ど全部を傳承された」とのことだが、明治10年に没したとすれば、修業期間を含めて明治元年から7年頃の間に本田翁から順次伝授を受けたことになろう。しかし翁が上京されたのは明治6年頃のことである。翁は明治元年の段階で帰神の正法を確立されたとのことなので、技術的には問題ないとしても、上京されてからわずか3~4年程度で全伝の伝承を受けたとはとても考えられない。
鎮魂も帰神も、質量ともに相当な修練が必要だ。さらに審神者の法ともなればより難度は高くなる。まして戦没となれば、戦地でどれだけの修業ができたのだろうか。