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大和心

第535回 大祓祝詞を考える―34

著者:小山一夫 / 公開日:2024-09-14

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。

「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。

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『次は人心も直霊について「反省の一念萌(キザ)さざれば人心黄泉の暗室の如く、反省の一念萌せば此の灯火の些(イササ)か一室を照らすが如し」と本田翁は次のように詳しく解説されている。

明と暗とは人心の省(カエリ)みると不省(カエリミザル)に因って、此の災害を免がれ、此の安楽に就く。皆此の反省の良心(直霊)にあるものである。

凡庸の人は、患難(艱難の意)災害に陥れば、只其の患難災害を歎息するのみで、反省の一灯火を以て我が過ちの暗室を照らす事能わず。聡明叡智の人に在っては然らず。日常反省の心あり。故に災害を免(マヌガ)れ患難を避くる人意の表に出づ。神助在るが如し。此の如く為れば亦神と云ふとも可ならむ。凡庸に至りては己が此の一良心の反省する理を知らず、災害患難あれば之を天に訴え之を地に訴う。豈其の災害患難を免るることを得むや。而して之を偶然の如く、之を自然の如く、又其の患難災害を免るる事を思わず、生涯草屋の下に生死するもの実に下等の世界であり、亦論ずるに足らざるなり。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)