叉不思議に思われる事は、有情を非情に変じ、非情を有情に化し、人を禽獣虫魚に変化させ、禽獣魚虫が互いに変体し合う、或は男を女にし、女を男にし賜う事も有る。是等は皆造物主の御心より出る事なのであろうか。
又奇怪に思うのは、胎生の中で其の子の最も少ないのは人間である。そして獣類に至っては其生涯に数千百を数え、卵生に至っては益々以て産む数が多く、化生に至っては顕微鏡で照らして見る所に生物の無いと云うことがない。万物の霊長であって何故に所生が少なく、猶且養育するのが難しいのか。
以上の様に神が悪い物を造られて居る如く述べられて居られるも、深いお諭しが含まれて居ると思うのである。
道之大原に 『天主一物を創造す、悉く力徳に因る、故に善悪相混じ美醜互に交る。』 と教えられて居る通り、造化御三神の力徳 (活き)に変化を生ずるために、その必然の結果として、善悪 ・美醜 (長所・短所)等を生じて来るものである。
悪禽獣虫魚と雖も神の造り賜えるもの、悪とばかり云えぬものである。
例えば、蚤・虱の涌く場所は動物の体の汚い処に発生致すものであり、是を防止するのには清潔を保持する努力が必要と成る。蜂は人を刺す悪さはあるが花粉を運ぶ善行あり、蛇は捕えて精力増強剤にして販売されて居る等あり、総てが悪とのみ申せるものではない。「昆虫の災」と祝詞に迄載せてあるのは、人を中心に考え、古くから人間に直接或は間接的に害を与えるものの総てを悪者にして来たものである。此の悪者が居る為に対抗上人間は働くことになるもので、神の御力を頂いて生成化育に精を出して居るものであり、是が人手を借りずに物が生産されるならば、人間に働く意欲を喪失させるであろうし、そうなれば怠け者ばかりが増えて神が人間を造らせ賜う意味がなくなるであろう。と、本田翁のお諭と思う次第である。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)