以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。
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善悪という概念は、神道上ではあまり重視させず「罪穢れ」が問題だとされている。(罪には天津罪と国津罪の2種類あるが) 端的には、悪意や過失からの行動や言動などにより、自分や他の生命、そして大自然を穢すことが罪とされる、と思えばいいだろう。穢れとは「気が枯れる」の意味で、生命力が低下することを意味する。そして生命力を低下させる原因を取り除き、生命力を復活させるのが「祓い」の目的になる。
大祓祝詞だが、これは「大」の文字が付いているように、広い領域や層がその対象になる。従って原則として、狭い領域、個人や少数の人達の為に用いられるものではない。自然災害を直接の原因とする自然環境の穢れは、人間が祓うものではなく、神(大自然)自身が、その自然の法則に基づく力により祓われる。従って、人間が原因となって生じさせた罪穢れだけが、人間が祓う対象となる。もっとも人間が神の力を借りて祓うわけだが。