神道と日本の記事一覧

大和心

第574回 大祓祝詞を考える―44

著者:小山一夫 / 公開日:2024-10-13

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。

「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。

******************

『○千座の置座に置足はして、

千座の置座に就いては、多くの台に載せた祓物(ハラエモノ)、上代罪の償いとして科したもの。記上「速須佐之男命に、千座の置戸を負わせ」、と解釈してある。古事記〔天の岩戸〕の件に、『かれ天照大御神の出でます時に、高天原と葦原の中つ国とおのづから照り明りき。ここに八百万の神共に議(ハカ)りて、速須佐の男の命に「千座の置戸」を負せ、また鬚(ヒゲ)と手足の爪とを切り、祓へしめて、神逐ひ逐ひき』と、天つ罪を犯した速須佐の男の命に「千座の置戸」を負せた、所謂罪の償いをさせたと云う事であるが、是は勿論設神理であり、産霊神の造化し賜う生成化育の妨げとなるものは総て罪械れとなる。之等を祓いながら日進月歩致すに妨害があり、之を追い払い、生産する。此の繰り返しの中に進歩がある。と云う天地循環の教えを示したものである。

大祓詞に、「千座の置座」を挿入してあるのは、天津宮事以ちて、と祭典には必ず償いの祓物(献饌物)を並べる事を、神武天皇の御代に天種子命が綴られたものであって、速須佐の男の命の天つ罪の償いを挿入したものであろう事が窺えるものでぁる。

置足はして、は充分に置き列べるの意である。

神界の御解釈は、「千座とは、千は奇魂で、奇魂の御座す処、座(クラ)は御倉棚の神の倉の意。置座は神界と人間界の境である。」 と申して居られる。祓いの神は奇魂の御活躍である事を明らかに申されたもの。顕祭では神殿に於ける献饌物の台が神界と人間界との境である事は誰もが解って居た事であるが、「天地神霊交流して結ばれる処が御倉棚である」と申す事、即ち天つ神、国つ神の受霊(ウケヒ)の場、棚、境がある事、叉神霊と人(霊止)との受霊の場、棚 (或は台)、境が明確に示されたものと思うものである。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)