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大和心

第575回 本田霊学の継承-70(1/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-10-14

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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『さて長沢門下で最も傑出していたのは稲葉大美津であります。前記の佐藤卿彦著には詳しく述べて 略歴も掲げて居ります。

稲葉翁は名を大三、明治七年十月二十日静岡県清水市港町に生れらる。幼少より頭脳明晰にして、長ぜらるるに従い科学に趣味を持ち、志を電気通信技術等に向けられ、東京郵便電信学校を卒業して職を郵政方面に得られたので、静岡横浜東京を始め、京城、奉天等内外地を転々として実に多彩なる足跡を印せられたのであった。遂に関東都督府勤務を最後に職を辞され、大正五年三月八日長沢雄楯翁の門に入られ、同年神職を拝命された。爾来霊学研修に専心して、卓絶せる神術を身に備えらるるに及び、長沢門下中最も卓越せる審神者として偉大なる力を示された。長沢翁は晩年に及ばれると余り霊術の指導を為されなかった為め、翁の門下に入られても、なお稲葉翁の指導を受けられる人々が数多有ったことを覚えている。この稲葉翁は何人にも教授すると云う様な事はせず、人物を選ばれて指導せられたので、其の門下には著名な人材が多かったが、惜むらくは長沢翁に先立つ事二年早く昭和十三年三月十日に死去なされた。享年六十二才。天寿とは申せ猶翁に十年の命を与え得たなれば、長沢翁の後継者として、その卓絶俊異なる神術を以て、清水市に一大霊学道場を築き上げられたことであろう。これを思えば稲葉翁の早世は如何 にも痛惜に堪えない。