「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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鈴木重道氏は著書「一本の道」の中で次のように述べている。
『長沢先生の門に遊んだ何千という方の中で、私の調べました処では尤も勝れていられるのが稲葉大美津氏であると思いますが不幸にして長沢翁に先立って逝かれました。稲葉氏は中々きびしい方で、教えるにも人を択んで苟もしないという方で、その点では本田先生の気象に似て居られたと存じます。その点長沢翁は宏量で来る者はこばまず、去る者は逐わず、達不達はその者自身のことと安恕として居られた様であります。翁晩年の門下であります佐藤卿彦先生は初め稲葉氏に就き学ばれ、大凡得ましてから師の長沢翁に紹介せられ 専修されたので翁の晩年高弟として信愛せられた方であります。翁晩年には教えを乞う者ありますと、老齢の故を以て佐藤に就けと申されるのを常といたしました。実例はいくらもありますが生存中の人もありますので省きます。』
本田霊学の継承者には、それぞれ神界から与えられた使命があったと思う。それが本人の立ち位置との関係もあり、異なった在り方になっている。長沢翁と稲葉翁が佐藤先生を審神者として育てたことが、佐藤先生による偉業(公式・正式幽斎)を実現させた。その意味でも御二人の翁の功績は決して忘れてはならない。