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大和心

第584回 大祓祝詞を考える―46

著者:小山一夫 / 公開日:2024-10-20

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。

「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。

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『○天つ菅曽を本苅断、末苅切て、八針に取辟て、

天津菅曽の菅曽(スガソ)とは、菅(スグ属の草)を裂いたままの緒、祓いの時、身の核れを 祓い清めるのに用いるものである。

前に天津金木で神殿を中心に上下左右の四方を祓い清め、献饌物を置足はして、その次に奉仕する者 (神界では御眷属・現界では奉仕者)を祓い清める。此のような順序を踏んで祭典が行なわれる。其の身を清める手段に古代では菅曽を用いたものであろう。現今では麻が多く用いられて居る。

本苅断、末苅切て。此の本・末は金木の本と末と同義である。苅断、苅切、の苅るの字を当てたのは菅が草である事からであろう、断・切は前と同様、祓い清めの動作を表現したもの。

八針に取辟て、八針は、針のように細く多くする、八(ヤ)は数多いの意。取辟ての辟(ひらく)は祓いの道を開けるの意。種々祓い清めの行事を行って、神霊との交流の道が開けたと申す事である。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)