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大和心

第594回 大祓祝詞を考える―47(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-10-26

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

「此のフトは霊交(ヒト)なり。マニは真根なり。根は似(ニル)なり。霊気の左右旋する即ち感合妙交する形をマネブなり。漢字で書くと学(マネブ)となる。フトマニは天帝の御仕業に協(シタガ)うか協はないかと思いめぐらし賜う事である。現霊を以て幽の霊に問う事である。卜相(ウラヘ)は幽霊(ウラヒ、卜占)の事である。

フトは霊交であるけれども、人はその霊交を見ること、聞くこと、云うこと、砥むること、握ること、踏むこと等何れも不可能であれば、其の霊魂を活用して天地の真象に因って之を観ずる、万物の音声に因って之を察し、天数に因って之を計るのみである。故に神明が何事も察し、観じ、計算し賜う事の精微である事には、到底及ばないものである。然れど、吾始祖より伝わる此の神卜法あり。」

太祝詞の太は霊交の意であることは、祝詞其のものが、神明の感応を受け神人合一の境地に立つべきものでなければ成らない。故に祝詞文の構成には次の三要件を必要とする。

1.荘厳であるべきこと

2.古雅であるべきこと

3.流暢であるべきこと

そして奏上致す時は浄心と真心を以って対するべきである。太祝詞事を宣れ、である。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)