以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。
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昔からこの大祓祝詞で議論になっているのは、「天つ祝詞の太祝詞事」とは何かという点だ。「天つ祝詞の太祝詞事を宣れ」と書かれていること、そしてその次の文面が「此く宣らば」となっているので、この二つの文面の間で、何か別の祝詞文?を発するのではないか、という疑問がある。
本居宣長はじめ平田篤胤等みなそれぞれの考えを述べていて、未だに結論が出ていない。「天つ祝詞の太祝詞事」を、本居宣長は大祓祝詞の全文を指すといい、平田篤胤は禊祓詞、卜部家は秘伝の言葉、鈴木重胤(すずき しげたね)は三種祝詞だというようにそれこそ十人十色になっている。
大祓祝詞の最も重要な部分が欠落しているとすれば、この祝詞で祓いができると言えるだろうか。そこで何らかの答えを見つけようとして、本居宣長らが必死に思案したが、結局わからないまま今日に至っている。
そもそも天つ祝詞の太祝詞事とは、一例として、高天原で天児屋命が奏上したとされる「太詔戸言(ふとのりとごと)」を指すが、古事記ではこれを切っ掛けにして天照大御神の力が復活するので、ある意味神の働きを甦らせる働きがあったといえる。つまり弱まっていた神気の復活である。それは「祓い」の本来の目的に合致する。従って大祓祝詞の中に堂々と登場することになったが、問題はその「太詔戸言」が誰にもわからないことだ。