惟ふに輓近(ばんきん)数十年以来、東西に幽冥研究の学興り、殊に欧米にありては磧学(せきがく)の大家交霊の実証により之を帰納して、神霊と霊魂との存在の確認は竟に能く心霊哲学を成し、其説頗る巧妙にして最近哲学の権威なりと雖も、宇宙の玄妙より謂へば尚或は涓々(けんけん)たる大海の一滴ならんかも知る可からず。然れども幽遠微妙たる霊界の研究に曙光を得たる者と謂はざるべからず。
右調査の結果は憑霊現象は心理学とは定義を異にするを以て之を律すべきに あらず。
吾国に普通に行はるる神憑神依等の類は、神霊学上肯定すべき者にあらず。然りと雖も皇典に依拠し学術的に研究優越せる者に至っては肯定すべきものとす。理由は前述の如し。
〔註一〕日本書紀に伝うる神籬磐境の神詔を指す。
以上の様に、霊学に疎く帰神の神法などは皆目未知の裁判官諸氏の蒙を開く為に、丁寧に反復説明を致して居りますが、特に欧米近年の心霊哲学を詳説し来って比較論述したことは、兎角欧米崇拝癖の風潮に対して非常に効果があったと思われるので、文中にも申して居る様に儒仏の東漸のために思想の変更が齎(もたら)され、(明治以後の外来思想にも又然り)神界に感合する道を失って顕斎のみ形式のみ存した現代の神社奉仕者にとっても、思新たな教示であったかとも思われるのであります。
さて大審院の質問の㋩~㋣に就ては大凡既述によって了解されると考えられるので省略して㋠㋷を取上げ度いと思いますが、その前に㋥の⑶について些か触れたいことがあります。
本人又ハ第三者ハ故意ニ憑霊現象ヲ顕出セシメテ不法ノ言動ヲ為シ得ベキヤ。』(『本田親徳研究』)