此ノ篤胤ト佐藤信淵ノ説ガ出口ノ考ノ源ニナツタノデアリマス。ソレデ宅ニ居テー継続シテハ居マセヌガ、都合ノ良イ時ニ来夕、一年二三度カ四度位宅ニ来テ居リマシタガ殆ンド三年デゴザイマシタ。其ノコトハ近頃出口ノ刊行シタ歌ノ本ニ出テ居リマス。ソレカラ神様ノ御懸リニナルノハ良カッタ。私ノ千人バカリノ弟子ノ中デ宮城島金作ノ次ニ優レテ居リマシタ。神懸モ良シ、学問モヨク勉強シマスシ、平田篤胤ノ学説ヲ採リマシテ…日本ガ世界へ雄飛スルノ基礎ヲ作ラナケレバイカヌト云フ説ナゾヲ非常ニ信用シテ其ノ志ヲ抱イタモノデアリマス。
と述べて出口の思想の根底を明にし、その行動は皇室中心主義であったと弁護して居ります。そして大本教の不敬事件は出口なをのお筆先と王仁三郎の灵界物語にあるとされているが、それが不敬と云えば仏教の各派の中にも類するものが多いといって、仏教の歴史上国風と合致せずに或は崇峻天皇を弑し奉った事件、道鏡が僧侶の身で天皇の位を得ようとした等の重大な事件を起した史実をあげ、又日蓮の書いた曼陀羅に天照大御神を小さく低い位置にかいている等の例をあげ、又本願寺の僧を葬ったのを廟などと云ふのも不敬であるし各派の祖録などをも述べて、若し出口を罰するものとすれば仏教各宗も皆罰しませぬと理が通らない。「第一審の公判で、判事の宣告の後に、出口だけのものと思うと誤りで仏教の各派とも之を侵して居る。若し今にして改めるならば仏教の各派は逃がすが、若し改めない時には直ちに検挙して此の通りの処分にするからさう心得る様にと附加があったとか中外日報に出て居ります」と述べているのは、大本教事件の検挙というものが非常に背後に複雑な事情があったことを暗示して居ります。この書には出口の検挙の直後京都府の考で長沢を挙げれば又必ず種が出ると云うので、京都府の警察と県の警察から警部が家宅捜査に出て来たが種も何もなかった。そこでどんな訳で検挙したかを聞くとお筆先と灵界物語で、「灵界物語には古典にない神名を使ったり、古典にある神に敬称を使はなかった」等々で、但し灵界物語だけは一冊も長沢の処に送らなかったと申しています。』(『本田親徳研究』)