以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。
******************
(注)「祝詞新講」では、「前段に於て,人々が過ち犯した種々の怖るべき罪、若しくは穢について想起せしめたから、此の段ではそれを承けて、天津宮事と天津祝詞の太祝詞事とによつて、身に附いてゐる罪と穢を祓ひ清めさせ、其の太祝詞は天神地祇の耳に達して、神祗の力によつて、遠く國外に放逐せられる事を告げらせるのである。大祓の儀式は、上古以来我が民族の間に行はれ来つた一種の呪術であつて、既に概説に述べた通り、呪術と呪文とによつて、人々の身に附いている悪霊を逐ひはらふのと同じ思想によつて行はれたのである。天津金木を切つて事の上に積み、菅又は麻を細く幾條にも割くのは、即ち祓の呪術であつて、大殿祭の祝詞の分註に、「今の世産屋に裂きたる木、束ねたる稲を以て戸の邊に置き、乃ち米を持ち来て屋中に散らすの類なり。あるのと同類の行事である。元来大祓に於ける呪術によつて祓ふものは、道義的の罪若くは穢であるけれども、罪を穢と混淆して考へた程単純な上代の思想に於て、之を一種の悪鬼精霊の如きものと考へ、呪術によつて之を祓ひ得るものと信じたのも、決して怪しむに足らない」と説明している。