私としては本田先生も長沢先生も殊恩ある師である。それにも拘らず、自分の実験上の意見を紙上に発表する事は実に心苦しいけれども、又た多数の同胞を誤らしめる事は、天地の神明に対し奉つて畏れ多いのみならず、大切なる神の御児たる人間に対して済まない。今日までは両師に敬意を払つて沈黙を守つて居ましたが、最早、惟神の時機が切迫しましたから、涙を呑んで此稿を書きました。又た両師の修行法に、心神を澄清にし感触のために擾れざるを務む可しと云ふ事が、一つの条目となつて居りますが、是は要するに大聖人か君子にして、始めて出来る事であって、普通一般の人にはダメであり、不可能である。心神を澄清にする為の鎮魂であり、帰神である以上は、最早、神心を澄清にし感触の為に擾れざる様に神力が出来たなれば、それで完全したものである。守護神や鎮魂帰神の法や霊魂上の細密の問題に付ては、今後随筆的に書いて見ようと思ひますが、今日は唯だその大意だけを述べたに過ぎませぬ。』(「大本史料集成))
ここでのテーマは、本田翁が「神伝秘書」で述べられた下記の鎮魂法と帰神術の注意及び要点に基づいている。
一、身躰衣服ヲ清潔ニスベシ
二、幽邃ノ地閑静ノ家ヲ撰ムベシ
三、身躰ヲ整へ瞑目静坐スベシ
四、一切ノ妄想ヲ除去スベシ
五、感覚ヲ蕩尽シ意念ヲ断滅スベシ
六、心神ヲ澄清ニシテ感触ノ為二擾レザルヲ務ムべシ
七、一 意二吾ガ霊魂ノ天御中主大神ノ御許二到ル事ヲ黙念スべシ
これらは本田霊学の基本であり、皆が努力目標としているものである。鎮魂において、上記4~7ができなければ、満足のゆく霊肉分離・神人合一はできない。もちろん、一朝一夕にできるものではない。ほとんどの人達は、10年20年かかっても納得のゆくレベルには至れないだろう。
鎮魂法は時間をかけて、薄絹を重ねてゆくように地道に積み重ねてゆく修行である。鎮魂石を授与するかどうかは、審神者がその人の信念の確かさや霊性を総合的に判断した上で決めるわけだが、実際には、神意によるものである。佐藤先生も仰っていたが、相手に授けるかどうか熟慮したような場合には、石に御神霊がなかなか鎮まらないとのこと。