④ 『心神を澄清にし感触のために擾れざるを務む可しと云ふ事が、一つの条目となつて居りますが、是は要するに大聖人か君子にして、始めて出来る事であって、普通一般の人にはダメであり、不可能である。心神を澄清にする為の鎮魂であり、帰神である以上は最早、神心を澄清にし感触の為に擾れざる様に神力が出来たなれば、それで完全したものである。』
『一般的には行かぬ。或る特殊の人物に限つて出来る神術なら、是を社会へ布衍する資格の無いものである』。
『大聖人か君子にして、始めて出来る事であって、普通一般の人にはダメであり、不可能である。』(「大本史料集成))
結局は、これが出口氏の主張の核心部分になる。
いろんな伝説めいた話は多々あれど、現実に信徒は(本田霊学の)鎮魂法も帰神術も指導されていない。そこに失望して、大本を離れてゆく人たちも多く、中には強く批判する信徒も出てきた。
この記事は大正8年8月(1919年)の「神霊界」に掲載されたが、この年には神霊界の編集に携わっていた友清歓真氏が、大本に見切りをつけて長沢翁の元に走っている。