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大和心

第643回 本田霊学の継承-104

著者:小山一夫 / 公開日:2024-11-29

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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『稲葉翁の父君と本田翁とは非常に昵懇の間柄であったとの事である。本田翁は当時〔註一〕(明治十五年頃)御穂神社に居られない時はいつも清水市入江〔註二〕新富町の稲葉家の寓居に起居されて居られた。その頃は稲葉翁は子供(九才頃)であったが本田翁と父君が霊学の事や其の他一般的な雑談をなされている時、 いつも側で解らぬながらも両人の話を聞いている事が多かった。本田翁は「お前にも此の様な話が判るか」と笑いながら 言われたことも覚えて居ると筆者に語られた事がある。

〔註一〕本田翁が三保地方へ行ったのは明治十八年頃と推定される。

〔註二〕清水市入江町白髭神社社家であったと推定される。後年(大正五年)稲葉大美津はこの神社の社司となり、長沢雄楯に入門している。猶本田翁の記事は稲葉十一才の頃の事と推定せられる。

右の様な或る一日、いつもの如く翁と父君と談話をなされて居られた処へ御穂神社より用件があり稲葉家を訪れた人があった。ところが翁と父君と何かと話合って居られるのを見て、アッ!と云って驚き翁の顔を眺めて居るので、父君が「何を驚くのか」と尋ねた処その人の曰くに、「いや今社務所に居られる本田先生の元に何人か来客があり其の人々と種々談話されて居り霊学上の話も出て、私も聞き度いのでしたが時間の都合上船(三保清水間の渡舟)へ乗らねばならぬので、こちらへ伺ったのですが、此所にも本田先生が居られたので、これはどういう訳かと驚いた次第ですが」と申すと、翁は「其れはワシの分身が向うで話をして居るのだよ」と云って 笑って居られたとの事があったと。これも稲葉翁の物語である。 (余録四) 』(『本田親徳研究』)