「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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『今一つ、これは余録でないが宮城島金作についての伝えであるが、稲葉大美津の語る処によると、共に御穂神社々務所に起居を共にして修業した頃の事であるが、宮城島が夜中寝て(眠って〉居ながらに体を切るので稲葉は驚いて目を醒ます事があり、翌朝になってその状態を話して覚えて居るかと尋ねても、全く知らぬと答える事が多かったとのことで、横に寝ながら体を切るということは珍しいものであると語った由である。これについて著者(佐藤卿彦〉は左の様に述べている。
此の状態は何か神界からの御用が有られて御懸りになったのではないかとも思われるが、何分本人が眠って居ったのでは審神者する事も出来ないし、憑霊を調べることも出来得ないのも当然と云えよう。筆者の考えるに、神界にて御用が無くて体を切る(御懸り)訳はなく、此の場合は或は氏の霊魂のみが神界に到りて何等かの御啓示が有ったものと察せられる。この故に自分は(肉体的に〉知らずとも、霊的には何かの御示しが有られしものと惟うのである。神感法とは、当方より求めぬのに神界の御用か御意志によって、修法中のみならず、処を選ばずに突然と憑依あられて御啓示御託宣下さるもので、其の状態になるのは周囲の人は勿論、本人さえも気付かぬ場合もあると云われている。右の宮城島氏の場合も然りであるが、実に神感法な るものは「幽の幽」である事を悟るべきである。』(『本田親徳研究』)