副島が理論展開に努力したことは師の生前に於て真道問答を以て之に質し、その後十五年の歳月を置いて蒼海窓問答(蒼海語録)を成したことに依っても、生涯研究を怠らなかった証左であり、併も決して単なる机上の追求にのみ終ったのでなく、師伝に依り鎮魂の法にはげみ修業怠らなかったことは明白である。然しながらその特色たる理論を追求してよく師の神霊観(宇宙観〉を確把したことは右の遺著にも著しく、又師の著古事記神理解及び難古事記を閲読して之を正実と確認したことは、之を公表すれば社会的にはその影響する処身に災厄の及ばむことを憂い、切諌して公表を止めたことによっても知ることが出来る。蓋し右の両著は門下の者その内容は屢々師の講演に聞くことを得たであろうけれども、著作としては之を閲読したるもの少く、所調幻の書として名を伝えられ、長沢雄楯〔註一〕も或は之を手にせしこと無かりしかと想わるるによっても、之を読了した副島がこの面に於て門下中特筆の人物であることがわかる。然しながら副島の理論の中心となった師承は何であったであろうか。』(『本田親徳研究』)