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大和心

第657回 本田霊学の継承-111(1/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-12-11

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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『私は之を道の探究であり、人間の使命観の自覚確認にあったと考える。道については「真道問対」に於て巳に触れている。

45 問  天―地―人は道を同じくするか。(副島)

対 道を同じくす。而して天道と曰い地道と曰う。各自形体の大小軽重あり。故に命名は同じからざるなり。(本田〉

46 問 道は四魂を以て之を制し得べきか。

対 道也は勇も動かす能わず、智も測る能わず、愛も奪う能わず、親も掠(かす)む 能わず。

47 問 何をか大道と謂う。

対 四魂道に合して之を統(すぶ)るを大道と曰う。

49 問 神は道と与に悠久ならば道は神と与に悠久なり。是なるか。

対 道と神は二ならず。与の字は人の為めに言う。経ならず。悠久は短に対して言 う。経ならず。

50 問 何を以てか道を証する。

対 凡そ道を証するには過去現在未来互に相証するを要す。道を証するは道を以て道を証す。

51 問 道とは何ぞ。

対 道は単一無雑なり。

98 問 道に公私有るか。

対 道に大小有りて事に公私あり。道は上天子より下庶人に至るまで同じくする所の名。道立ちて事行わる。

とある。之等の問対を心静かによみ行けばその中心をなすのは「道神不二」の一語につきるのであるが、従って神自らの表現その活らきが道であり、道が天地人を貫いて存するというのは、即ち神が天地人を貫いて普遍に存在することを意味しているのである。これに就いて蒼海語録には、

〇凡そ道と言ひて神と言はず。神と言ひて道と言はず。何となれば則ち神と道とはニな らざればなり。

と記し、又次の各絛がある。

〇此に人有り。吾が道を尽くすと謂はば則ち将に之に問はんとす。曰はく「天道か、地道か、抑も汝の道か、且つ夫れ汝の道も亦類有り、公道か、私道か、門より以外は公道にして、戸庭の事は私道なり。如何」と。