天つ社国つ社を斎いてこそ豊葦原の国は安らかに治まるものぞとの明治天皇の聖論が、今更に忝く(おそれおおく)思い出されるのである。今天つ社国つ社の祭りは単に顕祭のみを以て足れりとする現状であるけれども、幽斎を以てしなければ神明に感通し得ないことは、奉仕者自ら之を認識している筈である。幽斎の道頽(すた)れて千七百年、神界の御経倫は先ずこの天つ社国つ社に積り来った罪穢の祓いから始めらるゝのではあるまいか。と同時に来るべき神慮の発現については今之を言及することは慎まねばならぬと信ずる故、擱筆させて戴く.。(『本田親徳研究』)