「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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友清氏の言うように、皇道(本田霊学では皇法)が正しいものでなければ、鎮魂法も帰神術も成り立たない。しかしながら一度は師と仰いだ出口氏に対して「怪教」だとか「狐や狸の遊び場」とは言い過ぎだと思う。落胆と失望が大きかったとはいえ、もう少し言いようがあるのではないだろうか。
出口氏が神道に仏教やキリスト教、道教などいろんな宗教を混ぜこぜにしているのは、神道一筋の人達から見れば、とんでもないということになろう。それは理解できる。ただ出口氏は「建て替え立て直し」という大きな社会運動の波を起こそうとしていた。その為、より広く信徒を集める必要があったのかもしれない。
筆者も昔出口氏の書かれたものを読んだり、様々な写真を見た時に、多くの疑問を持ったが、研究を深めるにつれて徐々に評価が変わっていった。出口氏はとても頭のいい方で、真摯に道を歩まれた方だっただけに、清濁併せ飲みながら、時代の苦悩から人々を救おうと本気で考えていたのだろう。
ところで、友清氏は、前述のように大本の鎮魂帰神法への落胆と天皇観の違いから出口氏の元を離れ、長沢翁の元に行くが、そこも早々に退去して、秘伝・秘術探訪の旅に出る。その成果は、彼の全集を見るとよくわかるが、どれほどの霊的能力があったのかというと、いろいろな評価がある。
まず彼は大本を研究することで、天皇崇拝と古神道がとても相性がよく、車の両輪の如く関係し合っていることを確認する。そして大本の思想を純化し、確たる霊術を得て、自分の理想を実現しようと考えたのだろう。しかし大本(出口氏)が本田霊学をヒントに編み出した独特の「鎮魂帰神法」が、宗教団体に不適当だと知った友清氏は、多くの信徒に対して指導ができる新たな修行法を見つける必要があった。それで最初に、出口氏のルーツとも云える本田霊学が本当はどのようなものであったかを知るために長沢翁を訪ねたのだろう。