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大和心

第671回 本田霊学の継承-118

著者:小山一夫 / 公開日:2024-12-20

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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大本の霊学が本田翁の権威を利用しながらも純粋なものではなかった点が友清氏を静岡に向かわせたわけだが、本人も本田霊学がどのようなものなのかは、この時知らなかった。

『友清が入信したころの大本霊学の中核は長沢を経由して受容した本田霊学であり、鎮魂帰神にせよ、霊学上の用語にせよ、王仁三郎の霊学は多く本田説に従っていた。

ただし大本の場合には、開祖・出ロナオのお筆先という絶対指針があり、霊学も本田親徳のほかに言霊学者の中村孝道や大石凝真素美、その弟子の水谷清らによる言霊学や天津金木などの皇道霊学が大本に流れこんでいたし、王仁三郎自身が体得してきた霊学もあった。それらに本田霊学を組み合わせる形で再編されたのが王仁三郎による大本霊学なので、もともと純粋な意味での本田霊学ではありえなかった(そもそも王仁三郎は、本田の教えと接する以前に独自の神人感合法=鎮魂帰神法を自得していた)』(「新・日本神人伝」)

しかし本物に触れたことで彼は、「本田霊学は個人指導が原則」であること、そして「大勢を相手にできない」ことを知る。そこで友清氏は、本田霊学の理論を主に学び、その利用方法を研究したのだと思う。長沢翁の名前をアピールしなかったのは宮城島氏のケースと同じだが、本田翁についてはその権威の有用性に気が付いた。そこで書かれたのが「鎮魂帰神の極意」と「夢感」である。