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大和心

第676回 本田霊学の継承-121(1/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-12-25

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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友清氏は、前述のように大本の鎮魂帰神法への落胆と天皇観の違いから出口氏の元を離れたわけだが、以下のような霊学に対する心情的な面での違いもあるという。

『王仁三郎にとっての霊学は、世の立替え立直しのための手段にすぎず、その目は常に社会全般の変革に向けられていたが、友清の関心は個人的な求道の方向に向けられていた。これは両者の本質的な資質の違いであり、もっといえば人間としての器量の差であった。

王仁三郎は、泥と清水が渾然となって流れる悠々たる大河のように生きて、万物の母なる海にそそぎこんでいった。一方、友清は、山間峡谷から湧き出る細く透明な源流を目指して生きた。』(「新・日本神人伝」)

出口氏についての評価は概ね同意できる。確かに出口なお氏の没後は、不二氏の言う通りであっただろう。だが友清氏については、少し違うと思う。

友清氏は不二氏の言うように、大本入信前は右翼系の政治運動に没頭していた。その結果、逮捕3回、前科3犯ということになったが、本人にとってはむしろ勲章のような思いがあったようだ。彼の純粋な天皇絶対主義の思想は、後年の霊的国防論にも繋がっている。彼が大本に惹かれたのも、神意に則った「立替立て直し」を主張し、それが全国的な勢いを持っていたからであろう。故に「個人的な求道」も当然あったと思うが、それがメインではなかったはずだ。つまり両者ともに、世の中の変革を望んでいたのだろう。