霊学の「理論家」というのはそのとおりだが、ただし、私は「友清本人には何等の霊感、霊力もなかった」とは考えていない。』(「新・日本神人伝」)
前段の批判部分は横山信行氏の著書からの引用だが、「長沢は邪霊による憑霊と言って問題にしていなかった」という部分は、前述の三輪椙麿氏由来の「布留倍之霊由良」に基づく指摘だ。
確かにこの巻物の中に、天行居友清氏は妖魅界の神憑りなので信用できないと長沢翁より聞いた旨の記述がある。この文献に書かれている訳だから、その長沢翁の言葉は確かなものに違いない。ただこの巻物を確認したところ、友清氏の前にもう一人氏名が書かれていた痕跡がある。黒塗りで消されているのでわからないが、友清氏よりも有名な人物か或いは先輩か、消された文字数などから見てなんとなく想像はできるが、確信がないのでここでは省く。
前記の「友清は神懸をすることを意識的に避けていた。又友清本人には何等の霊感、霊力もなかった。単なる理論家である」は、「西原道方インタビュー記録」から。
この西方氏だが、友清氏が天行居を創立したときの同志だったという人物。筆者も横山氏が面会する時に誘われたことがある。当時、友清氏に左程興味がなかったので同行しなかったが、1~2週間後に横山氏から話を聞いた。友清氏について称賛するような話は全くなく、否定的な事ばかりだったが、西方氏と友清氏の関係について客観的な裏取りもできないので、友清氏の書いたものだけで判断すればいいと思った次第。不二氏は『「友清本人には何等の霊感、霊力もなかった」とは考えていない』というが、筆者としてはどちらの側にもつく気はない。