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大和心

第681回 本田霊学の継承-123(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-12-27

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

太美は父の万彦から『異境備忘録』その他の秘書を受け継いでいるが、万彦は、水位の道統を受け継いだ宮地厳夫に師事していた。

明治三十四年 (1901)、東京飯田町の皇典講究所で開かれた神職講習会で厳夫と面識ができ、河野久(至道)仙人の仙化後の消息をたまたま万彦が聞き知っていたことが縁で、師弟の契りを結んだその後、親しく厳夫宅を訪問・宿泊して、厳夫架蔵の『異境備忘録』のほか、河野至道の遺著である『真詰』、木村知義の『至道物語』、あるいは先に挙げた『仙界真語』、『薩藩神変奇録』などをみずから写本し、秘蔵していたのである。

その後、万彦が早世したため、秘籍写本は息子の淳が継承した。友清は淳に多額の金銭を提供して、厳夫から「他見厳禁」と厳命されていた『異境備忘録』その他の秘籍を入手した。時期は定かではないが、大正末年前後の時期だろう。

この太美淳から得た資料とは別に、友清は水位の姻戚からも資料を借覧し、写本を入手している。これについては、神仙道本部の清水宗徳が、かなり激烈な調子で弾劾している~』(「新・日本神人伝」)

として、不二氏は清水氏の寄稿を掲載しているが、友清氏の資料収集への執念というか求道心というか、尋常でない熱意を感じる。いずれにせよ、友清氏が本田霊学の道から遠ざかっていったのがよくわかる。