此の条は、罪穢れを祓い清めるのに、残る罪が完全に消滅致すまで充分な祓い清めが行なわなければ祓い清めの意義が失われる事である。従って完壁を期するため祓戸の大神の御活躍を祈願致して充分な祓い清めを行なって戴く件と相成る処である。
罪穢れも許々太久に在り然も軽いものから重いものまであり、重いものと成ると一度や二度、三度と祓い清めを行なっても消滅し切れない所謂強力な妖魅霊もある訳で、是を祓い終わらせる霊力が要求されるものである。
固より祓戸の大神の神威は赫々たるものであるが、祈願致す人の霊力が劣る場合は妖魅霊に遮られ神界に到達致す事なく、従って祓戸の大神の御活躍は無いものと相成るものである。本田翁は「心を清浄にして体を清浄にして内外の祓いの作法を行うべし」と申して居られたのも祈願致す人が自らを祓い清めてから祝詞奏上に至るべき事を教えられたものと述者も之を実行致して居るものである。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)