「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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鈴木重道氏は著書「一本の道」の中で次のように述べている。
『友清歓真氏は元来ジャーナリストでありますが、やはり翁の処に来り学んで居りますと同時に、夙くも本田先生に注目いたしまして、有縁の門下を歴訪いたしまして本田先生の資料を集めました。
翁のもとに学んだ年月はさして多くありませんが、この間集めました資料によって研修されたのでしよう。天行居を起しまして教祖となりこの資料を出版いたしました。翁の下にありました本田先生の遺著や東京の佐曾利信、岡部の三輪家などを訪ね資料を渉猟いたしまして、やがて独立いたしますと、本田先生を先師などと申しまして、直門の如く申して居ります。併し之は間違いでありまして長沢翁の門下の一人であります。併し本田先生を顕彰いたしました功績は大きいのであります。 「道の大原」 「真道問対」 「産土百首」「霊魂百首」は皆氏の手によって出版(その著の中に)されて居りますし、「神伝書」も全文ではありませんが処々を公表いたして居ります。氏の門下は非常に広かったので現在でも霊学に関心を持つ方の中には天行居に属する人が非常に多いのであります。
その著の「霊学筌蹄」などを参考として三島由紀夫が小説「英霊の声」をかきまして、問題作として神職以外の人々も大いに関心を呼びましたが、私はあれは小説であると考えています。幽斎はどうも曲められて居りまして、三島が霊学を正しく学んだ人ではありませんので、之は致し方ありません。友清氏には生前一度だけ私は面会いたしたことがあります。その時私は 「古事記神理解」と「難古事記」を読んだことがありますかと質しましたら、いやありませんという返答でした。氏は三輪家など随分渉猟した由ですが、この両著を見ないと申しますから、或は之は長沢翁の処にも三輪家にも伝って居なかったものと思われます。