以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。
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梅原猛氏は「神々の流竄」で稗田阿礼が藤原不比等のペンネームだとか、古事記の編纂に不比等が主体的に関与しているといっているが、中臣氏と一体である藤原氏の不比等がなぜ大祓祝詞で最も重要な働きを行う四柱の神々を記紀に登場させなかったのかぜひ説明してほしいものだ。中臣の祓祝詞を権威づけるには、それが最善の手段だったはずだ。この一点を以ても、古事記の編纂主体が不比等であるという説には賛同できない。
また天照大神の荒御魂(撞賢木厳之御魂天疎向津媛命)を祀る廣田神社(西宮市)の戦前の由緒書きに主祭神が瀬織津比咩と記されていたことから、天照大神との関係があるという説もあるが、それだけでは説得力がないだろう。いずれにせよ、この神がどういう神なのかは今に至っても明確になっていない。
(注)「善言美詞」では瀬織津比咩を禍津日神としている。「世人は大概禍津日神と禍津神とを混同しているが、実は大変な間違いである。禍津神は邪神だが、禍津日神は正神界の刑罰係である」。「罪穢が発生した場合には、常にこの修祓係、刑罰係である禍津日神の旡活動を必要とする」という。