佐藤先生は「信仰心は不要です。正業を持ったうえで、霊学を学んでゆくように」と常々仰っていたが、その姿勢は「敬神・浄心・誠」の要件の一つだろう。
鈴木氏も次のように述べている。
『皇法、皇学の皇という文字は元より漢字でありますが、日本の古語で申しますとすめらまなびとなりましようか。即ち皇室に伝えられるべき霊学、そして特に神を祀り神と交流して以て国の御柱たる天皇に仕える神主の心して学ばねばならない霊学。それは先生が神界のみ教えを承けて伝えた教理=哲学理論であります。この教理と法術とは車の両輪の如きもので、相倶って初めて完全なものとなる。道を知り行うことが出来る。惟神の道は之を実践するためにはこの二つを体得しなくてはならない。云うなれば法術だけでは一介の祈祷師に堕り易い。皇学だけでは裏付けのない空理空論に堕り易いという事であろうと存じます。本田先生は法術によって神示を仰ぎ得まして、之に基づいて霊学、皇学の教理を確立されたのであります』
霊学を志す者は、皇法とはなにか、そこから学びを始めるべきだろう。