「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

**********************************
友清氏は古事記神理解を読んではいないが、その存在は知っていたようだ。古事記神理解は、鈴木廣道翁以外に副島翁の手元にもあった。副島翁は1905年に帰幽されているので、1920年に大本を離脱した友清氏は直接副島翁に面会することはなかったが、翁の遺族もまた友清氏に見せていなかったということがわかる。
例えば、古事記国生みの段を、男女の営みによるものと説明するような理解の仕方で、人々を説得できるだろうか。現在手にできる古事記のお伽話の様な現代語訳を見ると、とても情けなくなる。これでは21世紀に神道が生き残れるとは思えない。
『そこで伊耶那岐命は、妻の伊耶那美命に、「おまえの体はどのようにできているのか」と問うと、「私の身は成長し終えてもなお合わないままのところが一か所あります」と申した。すると伊耶那岐命がおっしゃるのには、「我が身は成長し終わって、余ったところが一か所ある。そこで我が身の成り余ったところを、おまえの身の成り合わなかったところに刺し塞いで国を生みつくりたいと思う。どうだろうか」。伊耶那美命が「それがよろしゅうございましょう」と申した。そこで伊耶那岐命は、「それならば、私とおまえとで、この天の御柱をぐるっと廻って出合ったところで結婚をしよう」とおっしゃった。