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大和心

第708回 天皇の姓

著者:小山一夫 / 公開日:2025-01-17

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。

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600年に第1回の遣隋使が派遣された。

「隋書」東夷伝の倭国の条によると、

倭王の姓は「阿毎(あめ)」、字(あざな)を多利思比孤(たしりひこ)、 号は「阿輩雞弥(あほけみ)」、

と使者が答えたという。だが、この歴史的な遣隋使について、書紀には一切記載がない。

書紀によると607年に小野妹子(おののいもこ)を使者として隋(581-618)の東都・洛陽に遣わしたとあるが

「隋書」にも同年の記録として「其の王多利思比孤(おうたりしひこ)、使いを遣わして朝貢す」とある。

この時倭王が持たせた国書が、かの有名な「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す。云々」

当時の倭王、つまり天皇は推古天皇。

比孤は、比古・彦であり、男性呼称なので、その点は不明だが、王の称号として「阿輩雞弥」という。

我が国独自の言い方をしている点は注目に値する。

いずれにせよ、倭王つまり天皇の姓を「阿毎(あめ)」と告げているところは見逃せない。

592 推古天皇即位

593 厩戸王(聖徳太子)、推古天皇の補佐となる

594 仏教興隆の詔

600 第1回遣唐使派遣

601 厩戸王、斑鳩宮を建立

603 冠位十二階制定

604 憲法十七条制定

607 第2回遣唐使派遣(小野妹子)