戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『昭和十五年十月十日、長沢翁御危篤の電報に接した(この電報は今でも所持している)。中村氏(天文食堂主人)よりもその旨の電話に接し、急遽馳せ参ずる途中、杉山公伸氏に電車で会い道を急いだ。翁の枕辺には山田医師が憂い顔をなし、カンフルを時々注射していた。枕頭には門下では中島氏外三、四名、憂愁な面で翁を見つめていた。全く危篤との医師の言葉がある前に翁の口より辞世の言葉が漏れた。嗣子夫人が便箋を持ち再度の御言葉を待つたが、既に聞きとる事が出来得なかつた。時十月十日手石二時五十三分、容態急変してより僅かに二時間余りにて遂に幽明境を異にしたのである。(享年八十三歳)