戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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顕神本会が設立されたのは昭和11年だが、この前年に第二次大本事件が起きている。非常に厳しい環境の中で、政府から誤解を持たれずに本田霊学の指導をするためには、このような組織を作る必要があったのだろう。この第二次大本事件は、治安維持法が宗教団体に適用された最初の例となった。それは大本を壊滅させるかのような激しい弾圧だったという。
佐藤先生はそのような逆風ともいえる社会情勢の中で顕神本会を設立したが、戦後に新たな憲法が制定されるに至って、当初考慮された会の必要性が希薄になっていく。筆者の知る限り、その後の顕神本会は会則に沿った運営は殆どなされていない。つまり本来の講社としては機能していないといえる。故に先生がお亡くなりになられる前に、会の後継者を指名されなかったのも当然のことかもしれない。顕神本会は、過酷な時代背景の中で必要に迫られて設立された先生一代限りの会だったのだろう。