戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『この様に国々の諸大社に於て幽斎が奉仕されましたが、審神者神主をはじめ私共はどこのお社が御指名になるか何もわからない。たゞその年の上半期の終りの幽斎に於て下半期のお社を御指定下さいます。下半期の終りに翌年上半期という様になって居りました。これは何分にも千七百余年絶えていました幽斎のこととて、お社の宮司さん方が必ずしもよく幽斎の重大性を知って居らるるとも限りませんので、その意義をのべ、深く理解していただいて、協力下さる様折衝する為には時間も要しますし、準備もありますので早く御明 示下さるものと存じます。』(「一本の道」)
佐藤先生、高窪教授、鈴木重道氏等々、当時公式・正式幽斎の実現に向けて努力された方々に心から敬意を表したい。神界の指定された神社の内、内宮以外全てで幽の祓いが行われたが、それにより何が変わったのだろうか。ここに特筆すべきことがある。
公式・正式幽斎(主に国土や各社の幽の祓い)の神事は、1965年から1985年までの20年間にわたり行われた。佐藤卿彦先生の帰幽は、昭和61年(1986)。この間、日本の国内・領海内で記録したM8以上の地震は一度もない。幽の祓いが天下国家レベルで行われる場合には公式・正式幽斎となるが、その力を改めて知ることができた。(この「公式・正式幽斎」は、人間の都合で行うものではない。すべて神界の指示による)