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大和心

第746回 本田霊学の継承 戦後編-16

著者:小山一夫 / 公開日:2025-02-14

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『或る宮司さんはこんなことを申しました。幽斎は何も神社で行わなくとも曠野で行っても、神々は天駆りお憑りになるのであるから、よろしいのではないか。と、私は驚いて申しました。それでは神社は不要だと申すのですか。何のために神社に神々を鎮祭なさって居られるのですか。』(「一本の道」)

佐藤先生は「審神者のいるところが高天原である」と仰っていた。

確かに審神者が居れば、穢れた場所でない限り、幽斎は可能だと言える。だが神社は特殊な「場」であることも事実だ。

真言宗では護摩を焚いて祈祷する時に、修法者の加持力とか念力とかが大事だという。その為、滝に打たれたり、火の中を歩いたり、様々な難行苦行を行う。つまり修法者個人に摩訶不思議な力がなければ、護摩もただの火遊びに過ぎないという事になる。具体的には、不動明王などの仏と入我我入(合一)できるかどうかが問われるわけだが、それを可能とするのが難行苦行というわけだ。

一方、神道では本来そのような難行苦行はほとんど必要とされていない。明治時代の神道家である川面凡児氏が禊行や鳥船、雄健、伊吹などを広めたことで、それらが神社界に今も伝わっているが、それはあくまでも彼の主観に過ぎない。古代にそのような行法が行われていたかどうは不明だ。筆者は密教系の修験道に影響されたものと考えている。