以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。
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本田翁は五術を説く。「薬、浴、防、棄(き)、避(ひ)の五術は、固(もと)より衆情の中に在り。後世動(やも)すれば異行を作 (な)し、猥(みだ)りに奇呪(きじゅ)を誦(とな)へ、其の身を潔めんと欲して、反って其の体を汚(けが)す、 実に白圭(けい)の玷(きず)なり」(「道の大原」)。
佐藤翁の解説には「此の項は日常生活に於いて挙げた五つの項目は自然と神に教えられたものであるのに動もすれば異行を計って猥りに奇呪(うらない、まじない)を行って身を清めようとするが、反ってその体を穢している。例え、滝の行などで心臓麻痺を起して死亡するような事になるのは、実に宝石の玉に玷(きず)を作ってしまったような事であると戒しめたものである。薬は病気になった時に用い、体の汚れは入浴して清め、寒い時は衣を重ねて寒さを防ぎ、汚れたものは棄て、悪いものは避ける等の五術は大衆の心の中釜この活きに在るものであると説明したものである」。
至極当たり前の話だが、本田霊学では、浄心と霊魂の浄化により神人合一を果たし、神界のお役に立てることができるように修業するわけなので、肉体を痛めるような行為は避けている。確かに小泉翁の言いたいこともわかるが、霊性についてもっと考慮すべきだろう。