と審神者が答えますと、神主は 「ウム......」と暫らくの間気合を籠めています。恐らく神が神主の霊力をお用いになって、幽の祓をなさって居られる様に拝されました。』(「一本の道」)
大祓祝詞に「天津祝詞の太祝詞」というのがあるが、これについては昔から論争の的になっていた。それは当該祝詞について何も手掛かりがなかったからである。詳しくは別稿「大祓祝詞について」を参照されたい。茲で簡単に述べると、この「天津祝詞の太祝詞」が、①「大祓祝詞」全体を指すという見解、②一般に知られる「祓祝詞」に近い祝詞、そして③他に秘伝的な祝詞があるという説に大別される。だが、これらは何れも説得力があるとは言えない。
筆者は、正式幽斎(昭和60年、於月見里神社)に参加した経験から、「天津祝詞の太祝詞」とは①~③ではなく、神の祓いである以上、人間の言葉によるものではないと考える。たとえ顕斎の大祓の神事であっても、実行力を持たせるならば、その中に幽の祓いを組み込む必要がある。故に、大祓祝詞の山場である「天津祝詞の太祝詞を宣れ」の後に無言の「幽の祓い」を行っていたのではないかと推察する。さもなくば、ほとんどの場合単なる儀式になってしまう。或いは、至誠通天の神主が、無私の浄心を以て無言で神に祈念するのでもいいだろう。真言密教ではあるまいし、何か秘伝的呪文があるという説は神仏習合の影響からかも知れない。