戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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明治以降の国家神道を、宗教の政治利用だという人達もいるが、それはかつての仏教伝来時も同様だった。蘇我氏が仏教を推したのは、物部氏に対する権力闘争の為だけではない。天皇を仏弟子とすることで、神に裏付けられた天皇の神聖な権威を否定し、「仏・法・僧(僧伽)」の三宝に帰依させることが目的だった。
三宝といえば聞こえがいいが、「僧」とは人間であり、「僧伽」とは「僧」の集団である。つまり神道では神の次に天皇が居りその下に臣民がいたが、天皇が仏弟子となれば、天皇は実質的に「僧」の下に置かれる。つまり天皇が「僧」の影響下に置かれる存在になり下がるわけだ。
明治元年の神仏判然令(分離令)はその意味でも、天皇が僧の支配から解放される大変意味深い法令だったと言えよう。そして天皇は、神や神の血統を引く子孫ではなく(神は無形故)、神と人間の間に「霊的な仲取り持ち役」として位置づけられることになった。つまり大祭祀長である。その為古代の例を参考にして、多くの皇室祭祀が決められてゆく。