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大和心

第796回 本田霊学の継承 戦後編-45

著者:小山一夫 / 公開日:2025-03-31

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『私が佐藤卿彦先生(以下は先生と称する)にお稽古を受けたのは、昭和四十一年二月末頃であった。一寸土地購入についての調査を、お願いするのが主目的で、横浜市の相原秀年氏宅を訪問して仝用件の用務を果した後、各門人方のお稽古を拝見している裡、是非自分も受けたくなり、お願い申し上げた処、心良くお許しを得て、実施して頂いた次第である。休息の間先生のお話 しでは、私の遠祖らしい藤原系の左近衛の中将らしい方が顕われたと言われていた。

帰途、先生の審神者としての態度と先ず遠祖との関係を調査した正当性に心から敬服した者である。およそ霊学を修めんとする者にとって、遠祖との関連が、大変重要である事が徐々に解り始めた次第である。』 (「佐藤卿彦先生遺稿遺影集」)

大久保ノートによれば、初めての幽斎は昭和41年2月20日とのこと。だが佐藤先生に初めて御眼に掛ったのは昭和39年の師走、伊藤嘉英氏の紹介により横浜の新村豊次氏宅が最初だった。

「尊きすぐれたる方と一目に解れども、我かつての神仙道の教え、先師正野先生の思慕の為、簡単に教えを乞う心に至らず。即ち一年有半考え考えぬいて教えを乞う決心をしたる次第。」とある。筆者も真言宗醍醐派での修行中であったこともあり、佐藤先生(以下、先生)の存在を知ってから、お会いするまでに1年掛かったので、状況は違えども大久保翁のお気持ちがわかる気がする。

翁が最初に先生の稽古を受けた時のことだが、ノートによれば以下の通り。

「特に乞うて初めて祓い(稽古)を受く。即ち、光を見、身体暖かくなり、結果我が遠祖は藤原氏の系統にて左近衛少将現れたりと。かつて知らざりき遠祖の事、驚嘆せり」