戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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筆者は斎藤氏と共に来宮神社で先生にお会いしたが、その時の驚きというか感動は、今でもはっきりと覚えている。帰路、斎藤氏に「ついに終着駅に来たね」と言った覚えがある。もう他の先生を探す必要が無くなったという意味だが、それ程かつてない衝撃を受けた次第。
当初しばらくの間は祓いだけの稽古になるが、筆者の場合、始まって間もなく周囲が明るくなり、前方から空間が波立つように歪んでくるのを感じた。それが段々強くなり、後ろに押し倒されそうなほどだった。
そして祓いのあと先生から「貴方の遠祖は平氏の一族です」と言われた。帰宅後に父にその話をしたら「うちは源氏だ」と言われたが、父が間違っていた事が菩提寺の住職によって明らかになったのはその3年後だった。(実家の菩提寺には鎌倉時代から続く当家の墓地があり、過去帳が残っていた為)
先生の審神者を受けた後に、「四天王のような鎧を付けた武将が貴方の側に付き添っていました」と言われた。まだ本田霊学を学び始めて間もない頃だったので、よく理解できていなかったこともあり、一瞬喜んでしまった。なぜなら真言密教の修行を何年か続けていたからだ。ところが先生曰く、「祓っておきましたから、もう大丈夫です」。喜んだりガッカリしたり。なんとも複雑な気分だったが、本田霊学を志す以上は、確かに余分な要素は排除した方がいいと自覚した。