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大和心

第799回 本田霊学の継承 戦後編-47(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2025-04-02

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

私も後に審神者として修行を命ぜられたが、実際に行ってみると、一瞬の油断もゆるされず、その疲労度即ち心身のエネルギーの消耗は大変なものである。この点について、先生にお伺いの所 、十人も指導すると、油汗が流れると言われたのを思い出す。

当時先生の御母堂が入院中で、この御見舞やら、関東方面への月二回の御出張、或いは、公・正式幽斎の御参加等、元来病弱の先生はさぞ大変であったろうと、深く御同情申し上げた次第である。さて之は大宮氷川神社の経験である。神主として、先生と相対しお祓いを受け終了時に深揖した折、はっきりと光る玉を見た。私は先生の魂かと思いお伺いの所、これは自分で自分の霊魂を見たのですよ、と言われておられた。私は若い頃から、人間の心(霊魂)があるならば、是非視たいものだと念願して来たが、生まれて初めての体験であった。

ちなみに、先生の霊魂を拝した事が、三度程あったが、実に雄大にして且光輝いているもので、私の霊魂とは比較にならぬ大きさであった。』(「佐藤卿彦先生遺稿遺影集」)

「入門帳」とは「門人帳」のことだが、筆者と斎藤氏は横山信行氏の次に記帳している。その時も記帳されていた方はかなり少なかったと記憶している。

筆者も審神者になってから分かったが、3人指導するとかなり疲れる(肉体的な疲労ではないが)。先生の様に十数人行うなど、とてもではないが不可能だ。審神者は神界の力をお借りして祓いや転霊を行うわけだが、自身も集中力や緊張感が途切れてはならない。それがかなりの負担になる。これは単に体力の問題だけではないだろう。