戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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大久保ノート(42年5月21日)に、「長沢先生御指導の際は、午前5名、午後5名、月見里神社においてのみ指導し、先ず最初は鎮魂法を各自行わしめ、その進歩状態を見て、他感の指導をしていた模様。決して出張指導はせず、仝社にて行う事に幽斎の意味ありと。」とある。
当時長沢翁が自ら指導していたのは(万を超える弟子の中でも)鎮魂修行の段階にある人達の中でも一部の方だけだった。他の方々は長沢翁以外の審神者から祓いを受けていたことになる。これについては筆者も佐藤先生からお聞きしている。
ある程度霊魂が浄化されなければ転霊は行われないし、鎮魂石を頂くこともない。ごく少数の方々だけが長沢翁の直接指導を受けられたのはそのような経緯からだろう。