本田親徳翁の「産土神徳講義」について考察したいと思います。
現代語訳と(注)及び本文中の注は西原壮聡氏、「考察」部分は筆者。

************************
産土神徳講義(上)
本田親徳(ほんだちかあつ)による産土神(うぶすながみ)の働きについての解説講義録。講義の年代、場所は不明。北海道明治神社宮司・鈴木重道氏によれば、産土百首が完成した明治18(1885)年頃、静岡県三島大社において地元の氏子に対しておこなわれた講義録ではないか、とのことである。
※鈴木重道(すずきしげみち)(1902年 - 1990年)
北海道出身。神主。歌人。筆名は北見恂吉(きたみじゅんきち)。余市の神社の息子に生まれる。伊勢の神宮皇學館本科を卒業し、神宮文庫に勤務。根岸短歌会系の五更会に入り、同誌の編集発行を担当、岡麓に師事して短歌も詠んだ。1937年より朝鮮神宮主典として京城に赴任して朝鮮総督府祭務官となるが、本州勤務を希望し福島県の伊佐須美神社宮司となり、そこで敗戦を迎える。戦後は再度帰郷し、明治神社宮司。なお、小樽中学校時代に出会った二年後輩の伊藤整と親交が深く、伊藤の自伝的小説『若い詩人の肖像』に、本名が実名で登場する。
(注)本田親徳先生講
(駿河国駿東郡(すんとうぐん)[=静岡県(駿河国)の郡。清水町、長泉町、小山町からなる。明治期には、御殿場市・裾野市の全域、沼津市の大部分(内浦重寺以南を除く)、富士市の一部(境・境南・船津・船津南・西船津・西船津南)、田方郡函南町の一部(日守)も含んだ。下記画像の緑・黄の地域]岩崎元巧[※駿東郡清水村の八幡神社の神職]筆記)
<本文>(太字は本文。細字は訳者注釈)