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大和心

第821回 本田親徳翁 産土神徳講義-6

著者:小山一夫 / 公開日:2025-04-20

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「産土神徳講義」について考察したいと思います。

(現代語訳と本文中の注は西原壮聡氏、「考察」部分は筆者)

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産土神徳講義(上)

(注)本田親徳(ほんだちかあつ)による産土神(うぶすながみ)の働きについての解説講義録。講義の年代、場所は不明。北海道明治神社宮司・鈴木重道氏によれば、産土百首が完成した明治18(1885)年頃、静岡県三島大社において地元の氏子に対しておこなわれた講義録ではないか、とのことである。

<考察/筆者>

並木氏は

『津城寛文による先行研究および、本田親徳のひ孫弟子にあたる佐藤卿彦氏の下で修行した渡辺勝義は、「鎮魂法」を「帰神法」の内、神を自ら召喚し、神懸かりをする「自感法」と連続することを示唆する。その一方で本田親徳のひ孫弟子にあたる佐藤卿彦の率いた顕神本会刊の『改訂版、顕神本田霊學法典』には「鎮魂法は(中略)あくまでも自己の霊魂の運転活用にあるので憑霊現象等は全然必要としないのである。故に修法中憑依を望むような気分は聊でも持ってはならない。帰神術とは本質的に異なるものであるから、絶対に憑霊はしないと云う強い信念を持って取りかかる事である。」とし、神憑りの行法の「帰神術(法)」と瞑想法の「鎮魂法」との違いを強調する。

このように瞑想法である「鎮魂法」と神憑り行法である「帰神法」が連続するかどうかは、研究者や実践者によって、それぞれ意見が分かれるところである。しかしながら、津城、渡邊、佐藤の三者とも「鎮魂法」の行法においては玉石を用い、手は印を結ぶ形をとるとする。』

というが、まず津城氏は実技経験が全くないので、単なる伝聞にすぎない。

渡辺氏は筆者の後輩だが、佐藤翁から審神者の法を伝授されていないし、また鎮魂法についてもその基本的な部分で正しく理解しているとは言えない。故に佐藤翁の書かれたものだけを信用すべきだ。