戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『この後、不思議な事に、或る幽斎の際、稽古止めと言う異状事態になり、先生の関東への御出張は、一切中止となった。
神主として体を切る様になると、お憑り御眷属様の幽の誘いとでも言うか、無精にお稽古を受けたくなる事は、諸氏も経験している事と思われる。そこで一人で又は横山節男と同道して、先生宅へ通った訳である。その際この稽古止めについて、御意向を伺った所、幽斎は三分の一で、門下への指導は三分の二であると明確な指針を示され、以後それに従って二年程通った次第である。』(「佐藤卿彦先生遺稿遺影集」)
横山節男氏とは信行氏のご尊父である。
稽古止めとは公式・正式幽斎を主とする故の要請ではあったが、一部の役員の決定であり、先生はそれに同意されていなかった。会場を借りての幽斎稽古はやむなく中止となったが、大久保翁など数名の方は先生宅などで稽古を受けていた。